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編集長コラム

問うべきは我より他になし | 農業経営者 1月号 |  (1994/01/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
第3号の経営者ルポでご紹介した小田川太氏のルポに対して、共感を述べられる電話やお問い合わせをいただいた。そうした電話のなかで、一本だけ全く別種の電話があった。

電話の主は、小田川氏の田をご覧になっている旨、話されていることを考えれば、その近くに住んでいる人なのかもしれない。その声や話し振りを聞くに、冷やかしでいうのでなく文字通り「真面目」な人だと感じた。

彼は怒っていた。彼は、小田川氏を経営者のルポに取り上げたこと自体を批判し、またそのことに苛立っている様子だった。
その人、曰く

「本当に17haを家族五人で田押し車を使って除草できると思いますか?それにしては田に草が少なすぎる!」 「農薬を使わずに本当に14俵も取れると思いますか?」そして、無農薬を語るインチキ農産物が多いことを「農水省の報告でも言われている」と解説して下さった。さらに、

「いい加減な人を紹介すると掲載されているその他の記事の信憑性も疑われますよ」と、ご忠告までいただいた。

しかし、彼は自らの名前を名乗らなかった。今の時代状況の中でのその方の気持ちも分からないでもなく、僕なりに丁寧な対応をして電話を切ったつもりだ。でもその後で、下品だが、「いつまで、そんなこと言ってんだよ」と叫んでしまった。

読者であるだろう電話をいただいた貴殿に申し上げる。もう一度小田川氏のルポを読んで下さい。そして、もしそのルポの主人公が、貴殿が多分不愉快に思っているだろう小田川氏ではなかったとしたら、記事をどう読んだかも考えてみていただきたい。

僕が小田川氏の田を見せていただいたのは、確かに平成5年9月25日の一日だけである。貴殿は、「それだけで何が分かる?」とおっしゃりたいのかもしれない。すべてを確認はできないし、小田川氏の農法で僕に理解できないことも沢山ある。でも、僕は単純な人間なものだから、貴殿のように疑うよりも、それ以上に同氏とご家族の自然観、農業観、社会観、そしてそれを反映した技術、経営、人生に対する深い洞察と覚悟について感銘を受けた。もし仮に、小田川氏が自身の農法について僕に嘘をついておられるというなら、貴殿の話されるような、人を中傷することにしかならない暖昧な推測ではなく、例えば小田川氏が除草剤をまいているというような確たる証拠とともに僕にその誤りを突き付けていただきたい。また誇りある農業者なら、なぜ農水省の報告などという権威を持ち出すのだ。

電話の主に、こう申し上げたい。

草取りであれ土の持つ可能性を引き出すことであれ、取り組んですぐにできるわけではない。様々な技術や農法の工夫とともに、やり続けて「待つこと」で答えが出てくることを小田川氏の実践は示しているのではないか。同氏は、「土ができてきたなと思えるには12、3年かかる。土づくりも、草取りも、経営も、待つことができるかどうかです。何事も手前本位に考えること、待つことができないことが問題なのだ」と僕に話して下さった。また、電話の主も話していた通り、木造町は過去にも1t取りの歴史のある地域である。そして、化学肥料や農薬がなかった時代の優れた篤農の収穫記録を調べてみればよい。

農業に限らず、優れた実践者は、時として僕らが苛立つほどこともなげに素晴らしい仕事をやりとげてしまうものである。しかし、彼らこそ、さまざまな工夫と努力を重ね、そして待つことのできる人々なのではないか。 以下は、僕の貴殿に対する推量にすぎず、失礼を承知でひと言申し上げる。

貴殿-あるいは貴殿方と言ってよいのかもしれない-の電話は、本誌記事に対する批判という形をとった小田川氏の仕事への横槍にすぎないのではないか。ご自身で「村八分状態」と話されつつ確信犯として無農薬米を消費者に直売する小田川氏に対しての。

本誌創刊号65頁で、竹内靖雄氏の著作「正義と嫉妬の経済学」(講談社・1,800円)を紹介した。曰く「嫉妬はしばしば正義の仮面をかぶって現れる」。そして、その嫉妬を裏返しに利用して、己れの権力や利権を守ろうとする人々がこの間の事実を歪曲した農業論議や農政の茶番劇を演出してきた。そして昨年12月14日以降、それに関わる人々の発言は模様眺めをしつつも微妙に変化してきている。あえて、貴殿を「真面目」と評したのは、その真面目さを利用する者への僕の怒りとともに、その「真面目」の中に潜む弱さと狡さを感じていることも申し述べておきたい。

そして申し上げる。僕は正義のジャーナリストにも裁判官にもなるつもりはない。ただこのカタログ情報サービスをする「営業者」として顧客に買っていただけるかどうかだけで、我われの位置を確認したい。そして、何より今僕たちが大事だと思っていることは、権力者や狡猾な利権屋たちを糾弾することではなく、ただ僕たち自身のあり様を問うことであると考える。それは正義ぶるためでも人を質すためでもなく、自身の未来を確実なものにすることだと思うからである。
Posted by 編集部 08:30

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