執筆者一覧

農業ビジネス
農業経営者twitter
デジタル見本誌

アーカイブ
2020
12 08 04
2019
12 11 09 08 06 04 03 02
2018
12 10 08 07 04
2017
12 10 08 06 05 03 02 01
2016
12 11 10 07 06 04 03 02
2015
12 11 10 09 08 07 06 04 03 02
2014
12 11 10 09 07 06 05 03 02 01
2013
12 11 10 09 08 07 06 04 02
2012
12 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2011
12 09 08 07 06 05 04 03 02
2010
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2009
12 11 10 09 07 06 05 04 03 02 01
2008
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2007
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 01
2006
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2005
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2004
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2003
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2002
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2001
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2000
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
1999
12 11 10 09 08 07 06 05 04 02 01
1998
12 11 10 09 08 07 06 04 02
1997
12 10 08 06 04 02
1996
12 10 08 06 04 02
1995
12 10 08 06 04 03
1994
12 09 06 03 01
1993
10 07 05
文字のサイズ
中
大

HOME > 提言  > 視点  >新規参入者を変革の起...

提言 | 視点

新規参入者を変革の起爆剤に | 農業経営者 7月号 |  (2004/07/01)

【作家 秋田公立美術工芸短期大学学長 石川 好】
view0407.jpg 戦後の日本農政は、基幹部門である稲作を国家管理し、競争や市場原理を排した。農協は生産農家に対して「生かさぬように、殺さぬように」という姿勢で臨み、農業に「もうけなくていい」仕組みが作られた。この構造に乗ったのが自民党であり、農業ではなく票田を守るために予算を付けた。

こうした状況を多くの農家は甘んじて受けてしまった。その結果「日本はコメの国」といった精神性だけがまん延し、農業からモノ作りの喜びは失われた。後継者不足を嘆く声も強い。しかし、もうからない仕事を一体だれが受け継ぐと言うのだろうか。

大潟村に異人種集う



6月初旬、(株)関東・関西雇用創出機構という会社が、農業での起業を志す若者たち13人を秋田県大潟村に送り込み、現地での研修をスタートさせた。秋田の短大で学長を務めている私は、以前から大潟村と縁がある。その関係で研修生の世話役を頼まれ、彼らを「農援隊」と命名した。

このプロジェクトには全国から約150人の応募者があった。興味深いことに、金融機関に勤めていた人やエンジニア、コンピュータープログラマー、看護士など、従来なら「農業をやりたい」などと言い出さないような若者たちが目立った。

私は農業に革命を起こすのは、そうした新規参入者だと思っている。例えば、先端科学や機械工学の専門家が現場に入り、総合商社で貿易に携わった人が農産物の輸出ルートを開拓する。様々なキャリアをもつ人々が集まれば、新たな商品や販売方法を生み出せる。農業とは本来、総合的な産業だからだ。

かつて米国の日系人には、「キング」と呼ばれた人物がいた。ポテトキング・牛島謹爾やライスキング・国府田敬三郎など、彼らは海を渡って米国に来て、カリフォルニア農業を変えたとまで言われている。農援隊の壮行式で、私は若者たちにこの話を紹介し、キングたちのように気宇壮大な志を抱けと呼びかけた。そして、同じことをまずは国内農業で成し遂げてほしいと期待している。

農業ビッグバンへ



無論、農業には特別な技術や才能が求められるし、外部から来た人が簡単に習得できるものではないだろう。だが、新規参入者が起爆剤になれば、既存の農業にも刺激をもたらす。株式会社が農地を取得するのであれば、地域の農業はそれをうまく活用して、閉塞状況に風穴を開けるべきなのだ。

日本の農業の未来は決して暗くない。しかも農業が変われば、社会が変わる。特に地方が変わる。今後1、2年がターニングポイントになるだろうと私は見ている。
(インタビュー・まとめ 秋山基)
石川 好(いしかわ よしみ)
1947年伊豆大島生まれ。高校卒業後、渡米し、カリフォルニア州で4年間農業に従事。帰国後、慶応大卒。移民史研究や日米関係論、日本人論まで幅広い評論活動を続ける。著書に「ストロベリー・ロード」「親米反米嫌米論」「南海の稲妻大和の虹」などがある。
Posted by 編集部 11:30

このエントリーのトラックバックURL:

コメントする