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提言 | 視点

道を唱えず、道を行く | 農業経営者 12月号 | (2005/12/01)

【(株)ギアリンクス・(株)サラダコスモ社長 中田智洋】
view0512.jpg ギアリンクスは岐阜県と南米を結び、天候不順などの緊急時に食料を安定確保することを事業目的とする。このプランは、梶原拓前知事が提唱した構想に基づくが、市民出資による100%民間企業としてスタートした。2003年、アルゼンチンに約1200haの農地を取得し、パラグアイの日系人農協とは非常時に優先的に大豆を供給してもらう協定を結んでいる。

ビジネスと公益性の止揚



非常時に備えるには平常時から生産・輸入を行う必要があり、昨年から南米産大豆を販売し始めた。ところが豆腐メーカーとは品質や価格の点で折り合わず、売れ行きは悪かった。
困った末、私たちは自前で豆腐を製造した。地元紙の全面広告で消費者に理解を訴え、役員はスーパーへの営業や試食販売に走り回った。おかげでギアリンクスの豆腐は地域スーパーで販売されるようになり、近く大手スーパーの店頭にも並ぶことが決まった。実績はまだまだだが、活動は少しずつ賛同を得ている。

私の本業はモヤシや発芽野菜の施設生産であり、常々、農業にはマーケティングが不可欠だと考えてきた。たとえNPO的精神に立つ事業であっても、収支を合わせるのが経営者の役割だ。

むしろ、意義のある経営を目指せばこそ、マーケティングは重要だとも言える。高い値段で売るならば、それだけの理由がある作物を育てなければ勘定は合わない。私たちが大豆の有機栽培に取り組むのもその一環だ。周囲からは「寝言を言うな」と冷やかされたりもするが、企業としての自助自立の理念と「県民のため」という意義を真剣に突き合せれば、ダイナミックでさわやかな仕事ができると信じている。

「地元で自分で今から」



パラグアイの日系農家に会った際、「皆さんこそ、祖国の食料供給ための最前線基地」と話すと、彼らは目頭を熱くして「俺たちが役に立てるのか」と語ってくれた。日本農業の現状を振り返るとどうだろう。道を唱える人は多いけれども、道をゆく人はあまりいない。

ギアリンクスの事業について、一部の農業団体は今なお「県内農業を圧迫する」と批判的な言葉を口にする。そういう人たちがどれだけ農業の将来や食料問題を意識しているのかと思うと寂しくなる。

昨年、私は14haの土地を購入し、地元の農業を活性化しようと生産の準備を進めている。食料確保を目指すなら、「地元で自分で今から」だとも思ったからだ。労働力としては高齢者を中心に雇用する。彼らに地域の役に立てる喜びを感じてもらい、食料基地を支える自負心を抱いてもらえれば、これほどうれしいことはない。
(インタビュー・まとめ 秋山基)
中田智洋(なかだ ともひろ)
1950年岐阜県生まれ。大学卒業後、家業の中田商店入社。ラムネの製造販売からモヤシ生産へと転換し、90年サラダコスモに社名変更。発芽野菜の施設栽培で年間約56億円を売り上げる。ギアリンクスは2000年設立。約460人の株主から資本金約9200万円を集め、県内の企業家6人で運営する。
http://www.gialinks.jp/
http://www.saladcosmo.co.jp/
Posted by 編集部 11:30

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