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編集長コラム

「行商」に学ぶマーケティング | 農業経営者 8月号 |  (1999/08/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
本誌執筆者である新海和夫さんは、雪印種苗を退職して農業経営者となり、さらに現在では、単に農業生産だけではなく、農業だから可能な様々な事業を果たしていくための会社、元気村を地域の人々とともに起こし、その経営に取り組んでいる。それには、新海さんのお祖父さんの時代から続けてきたという行商での経験がきっと活かされているはずだ。

現在、千葉や茨城で行商を続ける人の多くは、2、3町歩の畑に多品目の野菜を作り、週に何度か自家生産の米や野菜の他に仕入れた品物も含めてトラックに積み、夫婦単位で決まった場所を回って歩いているのだ。個人の家庭だけではなく、食堂や病院などもお得意さんだ。
食糧難の時代には、行商は荷物を担ぐ力があれば誰にでもできる仕事だったのかもしれない。でも、それだけの人は物が豊かになり流通業が発展するにつれ消えていった。

しかし、スーパーができて行商が成り立たなくなったわけではない。むしろ、今だからこそ、彼らは他の流通チャンネルでは与えることのできない満足を顧客に提供しているのだ。

商売の原則には新しいも古いもない。行商もお客様に必要とされる現代の業態なのだ。むしろ、農産物流通について様々なことが語られる今だからこそ、農業や農産物流通にかかわる者は、行商の成功の秘密に注目し、農産物販売者としての彼らに対する顧客の信頼の意味を問うべきなのだ。

トラックに乗せた品数は、スーパーなどと比べて少ないかもしれない。値段だって必ずしも安くはない。冷ケースなど使わないし、ディスプレイだってトラックの荷台そのままだ。にもかかわらず、現代の行商人が顧客を得ている理由は、彼ら自身が何時もお客と顔を付き合わせている農家であることの信頼、そして、彼らのトラックにはどんな大きなスーパーや町の八百屋さんでも伝えきれない農業や土の情報(言葉)が一緒に積込まれているからなのではないか。そこに売り手と買い手、畑と台所を結ぶ、信頼あるいは安心のマーケティングがあるからではないのか。

出始めの枝豆は小さな束にして値頃感を出して旬を届け、時期になれば大きな束で値段を変えずにお客さんを嬉しがらせる。やり手の奥さんが販売員としての力を発揮する脇で、ご主人がポットに植えたナスやトマトの育て方をお客さんに教えている。お客さんの質が商売人を育てることもあるだろう。鮮度や品質には自信がある。喜ばれるから嘘は付けないし、お客さんが何を喜ぶかを肌で感じることができる。だから、さらに品質が上がっていく。茨城の人なのに福島のモモや長崎のビワを持ってきても、また、スーパーより値段が高くても、その夫婦ならとお客さんは納得しているのだ。

彼らは、流通業界の人々が語るマーチャンダイジングだとかロジスティックスとかマーケティングなんて言葉なんて聞いたこともないかもしれない。もちろん、行商は一人の中で完結できる小さな商売だから問題も少ないわけではある。

分業や流通の合理化は当然だ。だが、そんな言葉を使って流通改革だ、食材調達だ、有機の認証基準だ、認証機関だなどと言っている流通・小売業や外食業のビジネスマンと多くの農家は、現代の野菜行商人たちに学ぶことが多いと思う。

彼らが自ら育てる農家でありながら当たり前の商売人として体で覚えてきたこと、商売の喜び、そして彼らを待ち受けているお客様の信頼とそれに対する他に転嫁を許されない責任を。

彼らがお客様に対して一人で背負っている責任を、多くの農産物流通に携わる人は分業と合理化というきれいな言葉によって、責任を他人に預けてしまっていることはないだろうかと。
Posted by 編集部 08:30

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