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編集長コラム

現在を守るより未来を創ろう | 農業経営者 11月号 |  (2001/11/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
最近の東京では「焼肉屋」ではなく「韓国家庭料理の店」という食堂が新宿から大久保、高田馬場辺りで珍しくない。数年前まで、それは日本に働きにきている韓国人に向けた店だった。今でもそこには韓国語が飛び交っているが、すでに客の多くは日本人だ。外見上は日本社会に同化しているように見える在日韓国・朝鮮人の人々とは別 に、新来の韓国人と韓国文化が驚くような勢いで日本の社会の中で新しい地位 を得始めている。

そんな食文化や人々の店で働く姿から韓国や韓国人に共感を持ち始めていた僕が、韓国に行って来た。釜山(プサン)市近郊で日本向けに野菜を出荷している農家と農協を訪ね、また、ソウルで農業研究者やジャーナリストたちと会った。
NHKによる韓国輸出農業に関する報道の後、日本からの視察団が(いかにも敵状視察という雰囲気で)韓国の野菜産地に殺到し、さらに暫定セーフガードの発令、残留農薬問題や輸入農産物に対する税関による通 関の量的規制などから、同国農業界や野菜生産者たちの日本に対する感情は必ずしも良いものではないと聞いていた。しかし、現地を案内してくれた韓国農協中央会や各農協の担当者、あるいは農民新聞の記者諸氏、そして新しい農業経営にチャレンジする同地の農業経営者たちは(お目にかかった人々に関する限り)日韓農業の間にある現在の困難を冷静に見つめ、そのギクシャクした関係を乗り越えて、共に新しい未来を作り上げていこうという意思と勇気に満ちた人々であると僕は感じた。

釜山から1時間ほどの場所にあるハンリム農協で1100坪のハウスでナスを作る韓国人農業経営者であるシム・ヨンチョルさん(53歳)は開口一番にこう言った。

「日本政府や農家が韓国からの輸入野菜に神経質になり、日本の農業を守るための対抗措置を考えるのは理解できます。日本の国益を守るという立場で言えば当然のことだから」

韓国農業経営者としての彼の言葉は、日本による韓国の農産物輸出に対する様々な障壁に直面 して日本、あるいは日本の農業経営者に反感を持っていると勝手に思い込んでいた僕の予想を覆すものだった。そして、彼は言葉をつないだ。

「しかし、訪ねてくる日本の人たちは皆、我々がすべて国家の輸出補助で生産・輸出を行ってきたと誤解しているのです。マスコミ報道のせいなのでしょう。確かに、このハウスは補助金を使って建てました。でも、その補助金は輸出産品の生産を目的としたものではありません。しかも、現在では低利融資はあっても政府による補助金はほとんどありません。輸出農家に対する物流費についての政府の助力はありますが、日本で報道されているような国をあげて日本に輸出攻勢をかけているというものではないのです。たしかに商社を通 じて日本の技術者からの指導も受けました。でも、日本への輸出は我々一人ひとりの新しい経営へのチャレンジに日本の商社からの要望がタイミング良く噛み合ったものなのです」と。

昨年に比べて様々な輸入規制により大きな減収になっていると言うにもかかわらず、冷静に話すシムさんの成熟した経営者としての精神に僕は敬服した。

250戸の組合員で構成するハンリム農協の総売上は10億ウォン(約1億円)。その内、輸出での売上が50%に及ぶという。輸出向けの品目はナス、シシトウを中心に、キュウリ、パプリカの4品目。輸出品目を生産しているのは250戸の内、シムさんを含めて10戸に過ぎない。10戸の農家が農協の売上の50%を稼ぎ出しているのである。各戸の経営面 積は約1100坪。シムさんはナスの生産者グループの代表でもある。シムさんたち10戸の農家は、日本商社の要請を受けた農協の呼びかけに、自ら手を上げて輸出野菜の生産に取り組んだのだ。あくまで彼らの自己責任においてである。農協もまた自らの意思で新たな経営に取り組む彼らに対して全面 的な協力を惜しまない。農協組織の呼びかけでありながらも、組合員に提供されるのはチャンスの平等であり、結果 の平等ではない。結果は経営者の自己責任に任されているのだ。日本とは違い韓国の農村では兼業のチャンスは極めて限定的なものだという。しかもIMF体制を選ばざるを得なかった韓国農業が置かれたギリギリの環境の中で、未来を切り開く彼の国の農協の組織体質と農家意識の覚悟を感じた。

今、両国の農業団体や政府は、WTO交渉における共通の農産物輸出国に対する共同戦線に取り組もうとしている。それも、両国に共通 する国益を守るために必要な取り組みかもしれない。しかし、我々はそれをもう一歩超えた未来を見つめる必要があると思う。

本誌読者の多くも、韓国や中国の輸出攻勢に経営を圧迫されていることを知っている。しかし、賢明な読者ならただ壁を高くすることが日本農業を守ることにはならないことに気付いているはずだ。どんなに守ろうとしても、水が高きから低きに流れるごとくに経済は動くのである。であるなら、両国の農業経営者たちが自らを鍛えつつ、国境を越えた自由でフェアな競争と協力の関係を構築し、そこに共通 の未来を創っていく努力を始めるべきだとは考えないか。両国農業経営者がお互いを合わせ鏡として見つめながら。

羽田・関空間と関空・釜山間はほぼ同じ距離にあった。しかし、まだ韓国は近くて遠い国である。かつて戦争を繰り返したヨーロッパにはEUという経済圏が生まれている。本誌は、目線の揃う日韓の農業経営者や農業関係者たちが国境を越えた理念の共有を目指すことに、読者と共に取り組んでいきたい。
Posted by 編集部 08:30

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