執筆者一覧

農業ビジネス
農業経営者twitter
デジタル見本誌

アーカイブ
2019
08 06 04 03 02
2018
12 10 08 07 04
2017
12 10 08 06 05 03 02 01
2016
12 11 10 07 06 04 03 02
2015
12 11 10 09 08 07 06 04 03 02
2014
12 11 10 09 07 06 05 03 02 01
2013
12 11 10 09 08 07 06 04 02
2012
12 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2011
12 09 08 07 06 05 04 03 02
2010
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2009
12 11 10 09 07 06 05 04 03 02 01
2008
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2007
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 01
2006
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2005
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2004
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2003
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2002
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2001
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
2000
12 11 10 09 08 07 06 05 04 03 02 01
1999
12 11 10 09 08 07 06 05 04 02 01
1998
12 11 10 09 08 07 06 04 02
1997
12 10 08 06 04 02
1996
12 10 08 06 04 02
1995
12 10 08 06 04 03
1994
12 09 06 03 01
1993
10 07 05
文字のサイズ
中
大

HOME > 農業経営者取材  > 新・農業経営者ルポ  >過疎の中山間地に経営...

農業経営者取材 | 新・農業経営者ルポ

過疎の中山間地に経営の可能性を見つける  | 農業経営者 5月号 | (2008/05/01)

【高木正美(岐阜県大垣市)】
経営者ルポ 役場勤めという安定職を捨ててまで過疎が進む中山間地での農業に可能性を見出し、家業である水田経営を継いだ元税務課職員。獣害の多発地で15haの水田作業をほぼ一人でこなし、大幅なコストダウンを実践する効率的な経営手法は山仕事で学んだ無駄のない作業習慣から生まれた。地域の担い手として活躍するそんな彼が稲作と林業を通して見つめる地域の未来とは——。

農業経営での成功を信じ役場勤めから転身



高木正美が町役場を辞める時、心に決めたことがある。

「農業で町長より高い車に乗ってやる」である。そして今、高木はトヨタのセルシオに乗っている。本当はベンツにしたかったが、「それはまずい」と父に止められたからだ。

体育教師を目指していたが、それが果たせずに勤めた町役場だった。しかし、その職場が高木を農業へと導いた。町役場では税務課員として働いた。申告指導のために農家を訪ねると、農家は決まって「農業では食ってはいけない」と話した。また、誰もが農業や林業、そして地域の衰退のボヤキを語っていた。

そうした話を聞くうちに、ほとんどの農家が経営の収支など考えていないことを知る。そもそも農業という自らの「事業」を成り立たせようという意識がないのである。

雪で東海道新幹線のダイヤを狂わせる関ヶ原の山中。だが、名古屋市内へ行くにも車で1時間という高木の集落は、トヨタをはじめ兼業先に恵まれている。米価下落でますます収支が合わなくなっていくのに、農家は赤字を出しながら暢気な田舎暮らしを楽しんでいる。

高木は知った。農業が儲からないというが、本当はそれ以前の問題があるのだということを。父親の春雄(74歳)は、農業と山仕事で自分を大学まで出してくれた。そんな父とほかの農家とでは働き方が違い、経営を成り立たせるための努力も違っていた。農家の数が減ることを、農業界や村人たちは農業の衰退と語るが、それをチャンスだと考えた。(以下つづく)
Posted by 編集部 12:30

このエントリーのトラックバックURL:

コメントする