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編集長コラム

「無施肥」の農業が我々に教えるもの | 農業経営者 1月号 |  (2000/01/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
今月号の経営者ルポで紹介したナチュラルシードネットワークの取材のために成田の石井吉彦さんを訪ねたことは別稿の通りである。その記事の中で紹介しきれなかった石井さんたちの「自然農法」のことを書いてみたい。

石井さん宅では奥さんの両親である石井良雄さん・喜美枝さん夫妻が30年以上「自然農法」で野菜を作ってきた。石井家の自然農法は、結婚以来寝たり起きたりの暮らしを続けてきた喜美枝さんが、「食べ物に原因があるのでは」という理由で始めたものだった。
案内された石井家の畑は小高い丘の上にあった。周りを雑木林に囲まれ隣接する畑もない。隔離された6反分程の畑で、石井さん御夫妻は30年以上も化成肥料はおろか有機質肥料も農薬も全く使わずにありとあらゆる野菜を作り続けてきたのだ。しかも、石灰などでの土壌改良すら行っていない。かつて、東京農大の研究者が調査に来て「やがて作れなくなる」と話していたと言うが、それから5年以上も経った今も全く変わりなく作物は育っている。

肥料を食うはずのハクサイも、僕の目の前で大きな株に育っていた。果菜類のピーマンやナスでも周辺の慣行栽培をする人と変わらぬ収量をあげているという。ダイコンも種取り用の畝だというコマツナもネギも大きな株に育っていた。

全く肥料も与えないなら堆肥でそれを供給しているのかといえば、そうでもない。石井さんの家では、堆肥といっても、畑で取れる作物の残渣や雑木林の落ち葉を材料にするだけで、畜糞などの窒素源は一切使用しない。石井さん宅では約500羽のニワトリを飼育し有精卵として販売しているが、そこから出る鶏糞は、近くの有機農業生産者に全部提供してしまうそうだ。チッソ分や特別な微生物資材など全く入れず、作物残渣や落葉を腐らせただけのものを、ピーマンやインゲンなどの一部の作物を作る時に手でふる程度にパラパラと与えるだけなのだという。ほとんどの作物の場合は虫が集まるという理由から、なるべく堆肥は使わないようにしているそうだ。堆肥も何にもやらないというやり方も10年間位やってみた。しかし、それだと土壌中の有機質分が無くなるせいか土がサラサラになりすぎ水持ちが悪くなってしまったため、あらためて堆肥を使っているのだという。

それだけではない。石井さんの畑ではピーマンもショウガも里芋も、前年と同じ場所で作っても連作による障害を意識したことがないという。スイカなどは食べて美味しいと思った種をそのまま播いて自根で育てている。キュウリやトマトのような果菜類でも全て自根で作っている。

作る作物が限られているというわけでもない。ハクサイ、キャベツなどの結球野菜を含めコマツナやチンゲンサイのような葉物類、ダイコン、ニンジン、サトイモ、カンショ、バレイショ、ゴボウなどの根菜類。インゲンやキヌサヤあるいは枝豆などの豆類。作っている作物は多様だ。穀類は収穫後、堆肥や敷きワラとして利用するためのエン麦や小麦を作る。ただし、必ず実を付けるまで稔らせ、緑肥として鋤込むのでは無く、堆肥として還元する。根で耕し、輪作として意味を持たせているのかも知れない。

種は基本的に地種で作るが、買った種でもその土と風土の中で作り易く、好みにあう種を作り続けているのだという。

素人の僕でも、科学の常識として「信じられない」というのが正直な感想である。でも、そこには、「無施肥」だけでけでなく「循環」すら無視した石井さんの30年間がある。「科学の常識」が通用しないのだ。 「自然農法を初めて3年から5年目位に急激に収量が落ちる。その時をどう乗り越えられるかが課題なのです。何かをして作物を作ろうとするのではなく、何もしないという努力をする。それが難しいことなのです。育たないのではないか、失敗するのではないかという思いに駆られながら何もしないでいる忍耐こそが大変なのです」と石井さんはいう。

何かを「加える」ことで自然の中にある可能性を引き出すという「技術観」を我々は持ってきた。その結果、糖尿病化した農地を我々は作ってしまった。その解決のために、過剰に与えてしまったものを「引き算」して、自然本来が持っている力をあらためて取り戻さなければならないところにも来てしまっている。

理性的であること、とは知り得ていることの限界をわきまえる思考態度だと思う。過剰なイデオロギーや悪しき科学・技術信仰には、何かを絶対化してしまうことで陥ってしまう落とし穴というものがある。今、知り得ている科学の常識についても、その限界性を認めることで、我々は真に理性的で科学的態度がとれるのだ。知り得ている科学知識を土台にしながら、現在の常識を疑う姿勢を失ってはいけないのだろう。

あえて「科学的」に石井さんがやっている農法を苦し紛れに説明すれば、地下水に少量でも肥料分を含んでおり、土や作物が健康であるため、仮に成分が不足していたとしてもそれを吸収して作物が育つのだということだろう。しかし、それだけでは十分な説明ではないような気もする。今後、石井さんにもご協力願いながら、本誌でもその「無施肥」の農法の意味と価値を検証していこうと思う。
Posted by 編集部 08:30

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