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農業就業者数ではなく農業経営者数を問え | 農業経営者 6月号 |  (1997/06/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
農家自身の農業離れ、農業やお米や食糧へのこだわりが希薄になってきたことを嘆息する人々がいる。良いではないか。何よりもそれは、人々が命をつなぐための食糧確保、飢えへの脅えから自由になれた結果なのであり、そこで初めて暮らしの豊かさを問える時代になったと言うべきだからである。さらに、そうなってこそ農業経営者の自負とその役割が擁護される時代になるのだからだ。

すでに我が国の農家のほとんどは経済的には農業に依存する必要がなくなった。昔から人は農業をしたくて農家であったわけではない。農家だから農業をしてきただけなのである。社会発展の歴史あるいは産業化とは、人が農業生産の場から離れていく歴史であるとも言える。かつては農業をすること以外、生活の糧を得る方法が他にはなかったのである。我が国では、産業経済の発展にともなう農業就業人口の減少や本格的な兼業化の進行は昭和40年代に始まった。社会の生産力が上がり労働力需要が高まれば、農家が農業から離れていくのは当然の成り行きだった。女性の社会進出も同じことなのである。  
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編集長コラム

農業経営者が農業のリーダーになる時代 | 農業経営者 4月号 |  (1997/04/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
本号の女化通信(61頁)で、高松さんがバレイショの植付作業を結城市の石川治男さんに作業委託したことを紹介した。ところで石川さんは、山形県庄内地方のKさんともバレイショ作りで協力関係にある。そのきっかけは次のようなものだった。

Kさんは、昨年、農協の紹介で、ある生協に出荷するためにバレイショを4ha作付けした。同時にKさんは、本誌を通じて手に入れたポテトハーベスタのカタログを持って農協や近隣の農機具屋に相談してみた。

しかし「そんなメーカーや機械は知らない」といって要領を得ない。水田地帯であるKさんの地域では、結局、適切な情報は全くと言ってよいほどに得られなかったのだ。
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編集長コラム

歴史に身を任せ自ら足を踏出せ | 農業経営者 2月号 |  (1997/02/01)

【「農業経営者」編集長 昆 吉則 -profile
どんな苦境の中でも確信を持って我が道を信じ、振る舞うことのできる人がいる。「待つこと」のできる人といってもよい。何物かへの強信者であったり、単なる愚か者であるからではなく、時代に身を任せつつも己れの「確信の道」を信じることのできる人である。

本誌は創刊の辞で「土を信じる」という楽天主義を述べ、「夢は実現する」と断言した。「条件」ではなく「意志」こそが人の未来を決める、とも。それでこそ計画がたち、手順を考える根拠が生まれてくるのだ。

しかし、気鬱の時があったり、思い通りにいかぬことが続いて気弱になることだってある。それが人間なのだと思う。
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